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2011年8月1日月曜日

21 元気にやっております

 ようやく入手した愛車「GOLF」のおかげで、それこそ羽の生えたゴルフボールのように、自由に飛びまわれるようになり、合気道も夜のクラスまで参加するようになった。帰宅後ソファでまどろんでいたら、緊張続きの運転や合気道の疲れでいつの間にか眠りこけてしまう日が続き、ブログ更新が止まっていた。心配して、何件か、日本から電話がかかってきたほど(せっかく読んでくださっている皆様、すみません)。というわけで久々のブログ更新である。
 さて、なかなかブログが進まないうち、夏学期に聴講していた授業「日本文化」が先週終わった。週2回の集中講義は、毎回、鎌倉、室町、江戸など1、2時代ずつテキストに加え、YouTubeやウィキペディアから取り出した映像や音楽をもとに、時代ごとの文化を紹介したり、縄文時代の食事レシピが登場したりした。吉野ヶ里遺跡のビデオを見せながら、卑弥呼を考証し、戦国時代で「雨月物語」の映画を上映したこともあった。しかし、現代版では、なぜかYouTubeから取られた謝罪文化が出てきて
「土下伏せ」「土下埋まり」という見たこともない所作がスクリーンに映し出され、生徒たちが爆笑していた。よほど、挙手して撤回しようかと思ったが、私の知識不足かもしれないので、苦々しい思いで見続けた。
 さて、この授業で興味深かったのは、第二次世界大戦直後の進駐軍の時代だ。中学、高校の歴史科目では、それ以前の時代に時間をかけ過ぎて、戦後についてはかなりスキップして習ったが、この授業では、全314ページのテキストのうち、8ページにわたって、進駐軍がいかに混乱した日本の復興に貢献したかが綴られていて、現代史の教育に力を入れていた。もちろん、このテキストは大学生が使うものだから、単純比較はできないが、その分量が、勝ち誇った「占領する者」と早く記憶の底にうずめてしまいたい「占領される者」の意識の違いのようにも思えた。
 この授業を受けながら、思い出したのが、5月に大学の近くの蚤の市で手にいれた小皿である。皿の裏の刻印は「MADE IN OCCUPIED JAPAN」。進駐軍の時代に国内で作られた皿だ。12センチ四方のその小皿の中心部には花柄が描かれているが、青色の花や絵柄からはみ出した絵の具、目の覚めるような緑色の縁・・・。雰囲気が日本向けとは違う。
焼き物の国際ルールによるのかもしれないが、刻印がMADE INUSA」ではなく「JAPAN」でもなく、「OCCUPIED JAPAN」。職人はどんな気持ちでこの「OCCUPIED」を刻み続けていたのだろう。手書きの刻印は縦6ミリ、横10ミリに描かれ、写真を撮るのに苦労したくらい小さく、現代の刻印の基準から言えば、まるで隠すように書かれていた印象だ。
占領期は1945年から52年までだから、小皿はもう60年ほど前のもの。その間、日米関係は大きく変わった。
そして、気がつけば、今日から8月。また、終戦記念日の月がやってきた。

     蚤の市で見つけた小皿(写真上)と、刻印が書かれた小皿の裏(同下)

2011年6月9日木曜日

春学期はもう終わり

 ブログを始めたばかりで恐縮だが、今日、春学期に取っていた授業が終わった。
 
 UCLAでは学部によって異なるが、原則的に授業はクウォーター(4学期)制を取っており、3月末に始まった授業は2カ月半後の今週末で終わってしまう。
 私はちょうど新学期に合わせるように到着し、春から始まった大学生活を日本と同様の感覚でいたため、ようやく6月に入って生活も一段落したと思っていたのに、大学は来週から9月半ばまで長い夏休みに突入、ほとんどの学生はインターンシップや帰省で大学から脱出モードだ。
 そうは言っても、オプションで設定されている夏学期のクラス(学部生なら1クラスにつき247ドル、大学院生やカリフォルニア州立大生以外なら309ドル、その他登録料要)を取る予定だが。

 さて、春学期最後となった今日の授業は「世界的な労働市場と政策」。このクラスはかなりおもしろかった。もともと研究テーマに近くて選んだので当然だが、話を聞きながら何度も「授業が生きているなぁ」と感じたものだ。

 4月のある日のこと。その日は中米ドミニカ共和国にある「アルタ・グラシア」という企業の特殊性を議論していたが、教授がいきなり教卓の前のスピーカーをいじり始めた。
 スピーカーが登場したのは初めてで、「他の教授から授業評価でもされる日なのか」と見ていたら、いきなりプロジェクターのビニールスクリーンが広げられ、教授のパソコン映像が登場。とここまでは、日本でもよくあるプレゼンテーションの光景かもしれない。

しかし、スクリーンには登場したのはスカイプの映像。教授はライブでドミニカ共和国の「アルタ・グラシア」社に電話をかけ、同社の労働組合執行部とテレビ電話を始めた。ビニールスクリーンには2人のドミニカン女性が登場し、わずかにタイムラグを置いて「うちはシングルマザーがとにかく多いんですよね」などとスペイン語で話すのを教授が次々と英語に訳していく。
 このクラスでは発行されたばかりの雑誌や本を教材にしていたので、非常に鮮度が高いデータをベースに議論していたが、スカイプという文明を駆使し、目の前に現在進行形の当事者がリアルタイムで登場するなんて、「こりゃ、日本の大学はかなわんなぁ」と思った。

さらに、仰天したのはスペイン語を流暢に話せる大学院生の多さ。教授も流暢にスペイン語を話していたが、時々訳に詰まると、大学院生たちが代わりに訳していく。ついに、教授が苦笑して、「質問がある人は直接聞いてみてください」と促したところ、スペイン語で質疑応答したのは1人や2人ではなかった。11人いた学生のうち、5、6人は自由にスペイン語を操った。

確かにメキシコ移民が多いロサンゼルスでは、市中でスペイン語を聞く機会が多く、学生もスペイン語を学ぶ必要性を感じやすいが、彼らのスペイン語を聞きながら、自分の一向に上達しない英語を思い、彼らが恨めしくなった。
渡米前、「アメリカ人は世界標準の英語が母語なので他国語の学習意欲はあまり高くない」と聞いていたののに…。

スカイプが登場したのはこの時だけだったが、最後となった今日、各自のプレゼンテーション(質疑応答含め各1015分)でも「ネイルサロンで働くベトナム移民の薬品被害」、「不法移民を留置しておく刑務所のコスト」「労働ビザの割り当て推移」など、最新データがちりばめられ、一つひとつがおもしろく、授業が終わったが本当に残念。

と言っても、毎回私は座っていただけのようなものだけど。

スクリーンに映し出されるスカイプの映像