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2011年9月2日金曜日

24 夏はもう終わり?

いよいよ9月に突入した。アメリカでは今月から新学期がスタートする。そして、私の滞在期間は今月が折り返し。時が経つのは本当に早いものだ。

 8月、大学は夏休みモードで、のんびりしてはいたものの、久々に今月2日発売の「週刊金曜日」に米国の日本人看護師事情を1ページ書きました。お読み頂ければ幸いです。

さて、さて。この夏はよく出かけた。今回はその中から、3つのイベント紹介の巻。
 
<インドネシア領事館の祭り>
 7月16日、コリアンタウンにあるインドネシア領事館で、年に一度のインドネシア祭りが開かれた。この日は領事館の東隣にあるマリポサ通りにインドネシアの料理や衣料品などの屋台が並び、普段は閉鎖している領事館の駐車場に大型ステージも設けられて、民族音楽ガムランの演奏や踊りなどが披露された。

私も週に一度、この領事館で習っているガムラン教室のメンバーとして、イベントに出演することになり、民俗衣装の腰巻を借り、マリポサ通りに設けられた舞台で演奏させてもらうことになった。

担当したのは掌大の「クレナン」と呼ばれる突起の付いたゴング。一定のリズムで叩き続けるが、譜面がない上、全リズムのベースを作るため、内心冷や冷や。何層もの聴衆に囲まれていたが、演奏に気をとられ、聴衆の目に緊張するどころではなかった。残念ながら、演奏していたので、写真はなし。紹介しているのは、この日、別のステージで演奏したプロの先輩たち。

当日、ロサンゼルスでは高速道路405号の破壊工事による大規模な通行止めがあり、多くの人は外出を控え、市の中心部に近寄らないようにしていたにもかかわらず、一帯はインドネシア人と思われる来場者であふれ、この日を待ちわびる彼らの気持ちが伝わってきた。

私が担当したのは真ん中の女性が叩いているゴングを一回り小さくしたもの

<オレンジ郡のカウンティフェア>
「カウンティフェア」とは「郡農産物品評(共進)会」の訳で、郡主催のお祭り。いくつかの郡で開催され、ロサンゼルス郡でも9月3日から10月2日まで開かれるが、出かけたのはオレンジ郡のカウンティフェア(開催は7月15日~8月14日)。日本の小さな町が一つ入りそうなくらい巨大な敷地で、ウィキペディアによれば、全米でいくつかあるカウンティフェアのうち、ここのものは全米で9番目(2010年)の規模を誇り、今年は135万人が訪れたそうだ。

豚や牛などの家畜コーナーや、野菜、花などの農産物コーナーに加え、共和党や民主党の勧誘ブース、有権者登録機械の設置のほか、ジャズステージ、ジャットコースターや観覧車などの遊園地コーナーと、硬いものから軟らかいものまで幅広く、ここへいけば、何でもそろうイベントのスーパーマーケットといった感じ。夏の一日、高齢者から幼児までじっくり楽しめる仕掛けだった。

赤のテントは諸々の屋台。移動式遊園地なのに大型遊具が多かった
  
<ロングビーチのジャズフェスティバル>
8月12-14日にロングビーチのレインボー・ラグーンという公園で開かれたジャズフェスティバル。普段は湖を囲むような公園だが、期間中は会場一帯がフェンスで囲まれ、特設の大型コンサート会場に変身。会場には屋台もあったが、多くの人は飲み物や食べ物を持参して、これまた自分たちで持ってきたキャンプ用の椅子に腰掛け、著名なジャズミュージシャンの演奏に合わせ、踊りだすのだった。ハリウッドボウルも自分たちが食べ物を持ってきて楽しむスタイルではあったが、この会場はそれ以上に、自由度が高く、各自が自分たちのスタイルで自分たちのペースをキープしながら、同じ音楽を共有して楽しんでいた。

ジャズということもあってか、圧倒的にアフリカン・アメリカンが多く、中にはコケイジャンもいたが、アジア系がかなり少ないのが印象的だった。別に一帯はアフリカン・アメリカンが多い地域というわけではないらしいが。

そばに座っていたアフリカン・アメリカンのダンスやリズムの取り方を見ながら、彼らは生来のミュージシャンなのだと、またまた感動してしまった。

持ち寄った椅子でリラックスしながら演奏に聞き入る来場者

2011年7月6日水曜日

15 「アメリカ人」の日

 7月4日、「フォース・オブ・ジュラィ」はアメリカで特別な一日である。200年以上も前に独立宣言が交付された記念日だが、ハリウッド映画に『7月4日に生まれて』というのがあるほど、アメリカ人のこの日にかける思いは並々ならぬものがある。独立記念日は祝日になっていて、先週から会う人ごとに「7月4日はどうするの」と聞かれてきた。

典型的な過ごし方は、友達や家族とバーベキューをして、パレードや一年間でこの日だけ許される花火を、みんなで見物することらしい。

 知り合いが、パサディナでバーベキューをすることになっていたので、参加させてもらったところ、会場となった公園には目当てのグループ以外にも家族連れやグループがいたが、やはりどの集団も主役はバーベキュー。生バンドの演奏もよかったが、一帯には肉の煙と匂いが漂い、老いも若きもテーブルを囲んで肉や果物をほおばり、満面の笑顔だ。

すぐそばの水遊び場では、子供たちが水しぶきを浴びてはしゃぎまわり、それを大人たちが目を細めながら眺めていた。気候こそ全くことなれど、日本の花見を髣髴とさせるのどかな夏の一日だった。

 そして夜、再びハリウッドボウル。目玉はお待ちかね、ロサンゼルス交響楽団の演奏に合わせて打ち上げられる花火である。日本の花火とは決定的にスピード感が違う。何といっても演奏がマーチなのだから。矢継ぎ早に打ち上げられ、「た~まや~、か~ぎや~」などと情緒にひたっている場合ではなかった。

会場には前回のコンサートとは打って変わって愛国精神がぎっしり詰まっていた。星条旗をあしらったTシャツやバンダナを身につけた人がいるかと思えば、友達が持ってきてくれたバドワイザーも、デザインはこの日専用の星条旗。国歌斉唱から始まり、海軍や空軍など軍隊への敬意がアナウンスされるや、会場からは拍手喝采が上がり、花火のクライマックスに使われた曲はズバリ「星条旗よ永遠なれ」。終盤、再びみんなが口ずさんでいたのも「ゴッド・ブレス・アメリカ」だった。右翼の集まりではない。ごく普通の市民が集まる人気イベントなのに、ふたを開けみればそこは「こんなにアメリカって素晴らしい国なのだ」と自画自賛する場に見えた。

花火に目を輝かせている人を見ながら、ようやくここ数日間感じてきたモヤモヤの理由が分かってきた。そのモヤモヤとは、「何でアメリカ人はこんなにフォース・オブ・ジュライが好きなのか」。日本なら建国記念日を知らない若者だっているだろうに。イベントを通じ、行き着いた答えは、この日には、アメリカ人である喜びを再確認する仕掛けが詰まっている、というものだった。

日本と違って移民大国のこの国は、多くが、自由を求め、自ら望んでこの国の一員になった人やその子孫(アフリカン・アメリカンやネイティブ・アメリカンは除く)である。普段の生活の中で、アメリカの永住権を得ようとしている外国人も日常的に見てきているだろう。アメリカ国民であることを誇りに思う土壌はある。

そこへきて、バーベキューを通じた家族や友達との語らいや荘厳な花火、街中で繰り広げられパレードやイベント・・・。楽しい記憶とアメリカ人の誇りがセットになり、この独立記念日を殊更愛するムードにつながっているように思えてきた。そしてまた、星条旗や国歌がその喜びを国民で共有する装置になっている、とも。

この国だってベトナム戦争やイラク戦争では星条旗の下、多くの人が命を落とした。国旗や国歌に違和感を感じている人だっているだろうに。彼らはこの日、どんな思いで何をして過ごしているのだろう。

         マーチに合わせて矢継ぎ早に打ち上げられる花火

2011年6月28日火曜日

ハリウッドボウルへ行ってみた

 ハリウッドには野外音楽堂「ハリウッドボウル」というのがある。夏を中心に数々のイベントが開かれる巨大施設で、ウィキペデイアによれば座席数17,376席。これまで、ビートルズなど著名アーティストのコンサートやミュージカルが催され、一度見てみたいと思っていた。26日夜、日本づくしのイベント「ビッグ・イン・ジャパン」に、坂本龍一ら「YMO」がやってくると聞き、出かけてみることにした。

野外ということもあってか、観客は勝手に食べ物を持ち込んでピクニック気分。あまりに大きいので、大型スクリーン4台で大写しにされたアーティストを見ながら、みんなワイングラスを傾け、サンドイッチなどをつまんでいた。私も、友達と日系スーパーで買ったどら焼きをほおばりながら、日本に浸ることにした。

午後7時、太鼓の演奏で幕は開け、ニューヨークを拠点に活動していた音楽ユニットのチボ・マットや女性ロックバンドのバッフォロー・ドーターそして歌舞伎グループなどが次々と現れた。ノリのいい曲が流れると、現地の若者はいきなり立って踊りだす。私が座っていた長いすも、誰かが拍子を取っていたから、座席が終始揺れていた。

お目当てのYMOは午後9時に登場。ステージ上部に時折桜や梅の映像が光線で映し出される中、ほとんどあいさつすることもなく、淡々と演奏を続けた。失礼ながら、YMOについて知っているのは「テクノポリス」と「ライディーン」くらいだったので、「ライディーン、ライディーン」と心の中でつぶやき続けたがなかなか演奏されず、しびれをきらしかけていたら、ようやく、最後の最後になって出てきた。

至るところから歓声が上がり、アメリカでも人気の高さが伺えた。たまたま隣に座っていたアメリカ人青年は「もう、サカモは何てクールなんだい」と心酔している様子。私の周囲でカメラを構える人たちが一段と増えた。座った席はほぼ正面だったが、かなり後ろに座っていたので、大型スクリーンを通さなければ、「教授」(坂本龍一)は米粒くらいにしか見えないのだが。

「ライディーン」の演奏が終わり、それまでほとんど言葉を発しなかった「世界のサカモト」が、ようやく口を開いた。「今日はスペシャルゲストをお招きしました」。その紹介に合わせ、姿を見せたのはオノ・ヨーコだった。

白い帽子と黒いパンツスーツを着た彼女は、登場するや、東日本大震災の被災者支援を熱く語りかけ、直後に身もだえしながら言葉にならない“音”のパフォーマンスを披露した。日本救済活動の一環で彼女が登場しているのだから、演出に日本への思いが練り込まれてはいるはずだが、残念ながら、私にはパフォーマンスと彼女の意図はつながらなかった。声援を送る声が多かったが、中には失笑すら聞こえてきたほど。ただ、それでも、彼女が必死に何かを訴えようとしているのだけは伝わった。彼女はその“1曲”を歌うためだけに現われたのだった。

YMOも歌舞伎も太鼓もよかったが、たった一つの思いを伝えるために遠路はるばる駆けつける人がいて(オノ・ヨーコはニューヨーク在住)、その人に貴重な場を提供するのもハリウッドボウルなのだった。

午後1020分ごろ、YMOがビートルズの「Hello, goodbye」を演奏し、スクリーンがオノ・ヨーコの動きをフォーカスし続けながら、イベントは終了した。

ちなみに、twitter「語録+坂本龍一+YMO」によると、この日YMOが演奏したのは、ファイアークラッカー、behind the mask、京城音楽、体操、Tibetan dance、千のナイフ、東風、ライディーン、Hello, goodbyeなど13曲とか。感触としては、もっと多かった気がするのだけれど。この「つぶやき」によると、この日の映像は後日NHKでも放送されるらしい。


舞台前面左端が「教授」。スクリーンで大写しされている

2011年6月22日水曜日

偉大なる「父の日」

 先週の日曜日、週に一度のガムラン教室に通おうと、バスでコリアンタウンへ向かっていたら、突然、車窓に人だかりが飛び込んできた。場所はビバリーヒルズでもブランド街で名高いロデオドライブ。映画撮影の見学にしては列が長すぎる。気になってバスを降りると、クラシックカー・ショー「ザ・ロデオドライブ・コンコース・デ・エレガンス」だった。

米国もこの19日が「父の日」(「母の日」も日本と同じだった)。イベントは、お父さんたちに楽しんでもらおうと毎年開かれていて、ウィルシャー大通りの北側1キロ弱が歩行者天国となり、フィアットやフェラーリー、アルファ・ロメオなど120台を超すイタリア製高級車やバイクが並んでいた。

 憧れの車を前に、“かつての少年”はタイムスリップしたみたいだ。カメラやビデオ片手に目を輝かせ、子供そっちのけで車の前でポーズを取ったり、運転席をのぞきこんだりしている。中には、アウディーやランボルギーニのように試乗可能な企業による最新モデルの展示車もあり、車に乗り込んだかと思うとハンドルを握り、皮の触り心地を確かめてうっとりするのだった。

 真っ赤な1967年製ランボルギーニ(400GT)が目に入った。車の前に上品な初老の紳士が座っていたので、話しかけたら、気さくなその人がオーナーだった。イベントの共催者ビバリーヒルズ市がインターネットで出展者を募集していたので、参加したという(出展者は、原則個人のボランティア出展)。車の値段を聞いたら150.000ドルだった。

混雑しているから、車に来場者が傷でもつけられたらどうするんだろう。各展示車には白いロープで立ち入り禁止のサインがあったのに、ロープをまたいで車に近づくファンも少なくない。「触らないで」と制止するオーナーもいたが、多くは見てみぬふり。万一、来場者に傷つけられても主催者は責任を負わないのに。さすがに、その紳士も「乳母車を押した人が車に近づいたら、車体を擦られないかハラハラするんだけどね」と肩をすぼめた。

 「なんで大切にしている車を出品するんですか」と尋ねると、「だって、今日は父の日じゃないですか。年に一度だけ、車好きのお父さんを楽しませてあげたいじゃないですか」。そう言ってガッハッハと笑った。

参加者もボランティアも車でつながるアメリカの偉大な「父の日」。「日本でこんなイベントあったらいいなぁ」と思ったが、こんな催しにボランティアで出展する大金持ちはまずいないだろう。仮にイベントを開いたところで、ゴルフ以外に趣味を持っている4、50代の男性も少なさそうだ。

そもそも、せっかくの日曜日、疲れた体を引きずって、出かけるお父さん自体そんなにいないし。日本のお父さんは疲れているもの。
 
イタリア製高級車が並んだ会場

企業が展示したエンジンに見入る来場者